医系大への羅針盤 医歯薬進学

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  • グラビア1_久保-01
  • 2019.02.13
  • エイジング医学の第一人者として臨床の現場と教壇に立つ「理念の人」
  • 「自己研鑽なき者は去れ」が矜持

    常葉大学健康科学部長・教授
    東海大学医学部 客員教授
    医療法人財団百葉の会 銀座医院
    院長補佐・抗加齢センター長
    久保 明(医学博士)

     

    日本初のエイジングドックを立ち上げた久保明先生。「アンチエイジング」という言葉 が世間で一般的に使われるようになる以前から、常に抗加齢医学の第一人者として臨 床の現場に臨み、最新論文のリサーチを欠かさず、教壇に立ってきました。いったい その情熱はどこから来るのでしょうか。今から40年前、慶応大学の医局に残らず市中 の病院に入局した、自称“ へそ曲がり” の先生が語る、プロフェッショナルの矜持とは?

     

    自主講座を企画して学んだ「熱いハートとクールな頭」

    ー先生が医師を目指したきっかけを教えてください。

    両親がともに医師だったので、子どもの頃から医業というものが身近にありました。もう一つは自分の性格ですね。会社員のように人に使われる、上司がいて仕事をするというスタイルが自分には合わないんじゃないかと考えました。子どもながらに自分で自分をコントロールできる生き方をしたいと思ったんですね。まあ、今にして思えば勤務医は会社員と変わらないのですが。

     

    ーご両親からの勧めもあったのでしょうか。

    自分の将来を強く意識したのは中学生の頃ですが、両親から「医師になれ」と言われたことはありません。父親から一度だけ「今勉強しないで医師になれなくても、後悔しないか?」と聞かれたことはありますけど。僕はずっと学校は慶応で、高校から慶応大学の医学部に進学しました。1学年900人のうち、医学部に入学したのは26人だったかな。

     

    ー学生時代に印象に残っていることはありますか。

    同級生など7~10人ぐらいのグループで、大学の講義や授業で学べないものを学ぶという自主講座を企画しました。
    この自主講座は、自分たちが興味のあるところに行って学ぶというスタイルです。ボランティアで障害者の人が働く授産施設に行って一緒に作業をしたり、九州の水俣にも行きました。当時、熊本大学医学部に水俣病を研究している原田正純先生という先生がいらっしゃって、この方は胎児性水俣病を見出すなど、徹底して患者さんを診る先生でした。原田先生に「医師として何が一番大切ですか?」と聞いたら、「熱いハートとクールな頭だよ」と答えてくださった。このことは45年以上経った今でも鮮明に覚えています。
    自主講座が医学部の勉強に関係あるのかと言われたら、あまりないですし、明確な目的や目標があったわけでもないけれど、当時から机上の知識で能書きをたれるのが嫌だったんです。実際に自分の目で見て、体験して、知ることが大切だと思っていました。もちろん現場に出るといろいろ違和感を覚えることもあります。でも、その感覚が大事だと思うんです。
    当時の仲間は、リハビリの大家になったり大病院の院長になったり、地域医療に生きている奴がいたりと進路は様々ですが、今考えても得がたい面々だったと思います。

     

    「へそ曲がり3人組」で慶応大学の医局を後にする

    ー卒業後の進路はどのように決めたのでしょう。

    親友と3人で飲みながらこのまま大学に残るか、どうしようかという話になった時に、「大学に残ってもたいして臨床はできないだろう。だったら最初から現場と関われる病院

     


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