医系大への羅針盤 医歯薬進学

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  • 「地元に密着した薬局とは?」と問い続ける若き薬剤師

    医薬情報研究所株式会社 エス・アイ・シー 堀 正隆

     

    父母ともに薬剤師という家庭に生まれ育った堀正隆さんですが、そこへ至る道にはさまざまな変遷があったといいます。いまでは地域の人々に愛され慕われる若き薬剤師が、幾度も悩んだ末にこの職業を選んだその理由と動機を振り返っていただきました。

     

    建築士から薬剤師へと進路を変更

    ーお父様、お母様とも薬剤師で、会社を立ち上げているということで、早くからこの道を目指していらっしゃったのですか。

     いいえ。私が高校生になった頃にはすでに6つ上の姉が大学の薬学部へ進学していたので、親から薬剤師になってほしいという要望は一度もありませんでした。その頃、父からは逆に「お前には継がせない」と言われていたぐらいです(笑)。細かい部分にも気がつく姉のほうが薬剤師に向いているので、そう言ったのかもしれませんね。アドバイスを受けたという意味では、何か資格を持つような仕事に就いてはどうか、という程度でした。

     

    ーどんな進路をお考えだったのですか。

     専攻は理系だったのですが、元々は建築士を志望していて、高校3年の11月頃まではそのつもりでいました。ところが、その時期に耐震偽装問題(姉歯事件)が起こったため、建築の世界でも人の命に関わるような不正が行われているのかとショックを受けてしまい、建築士になるという目標に疑問を持ったことから進路を考え直すようになったのです。

     

    ーそのタイミングで薬剤師になることをお考えになった?

      はい。小さい頃から両親が働く姿を見ていましたし、たとえば夜遅くに患者さんから薬に関する問い合わせの電話がかかってきて、不安を取り除くよう丁寧に説明している様子を目にしたりもしていたので、薬剤師が人の役に立てる仕事だという認識は早くからありました。ただ、自分が職業を選ぶという面で薬剤師を意識したのはその時が初めてでした。

     

    ー受験が目の前に迫った時期での進路の変更です。準備は間に合いましたか。

     それまで理科では特に物理に力を入れて勉強していたのですが、薬学部を受けるとなると化学を修めなければならなかったんです。化学は定期テストのための間に合わせの勉強しかしてこなかったので、受験のレベルには達していませんでした。そのため両親に頼んで浪人させてもらい、予備校へ通うことにしました。

     

    ー新たな進路を見つけ、浪人することが決まってからは一心不乱に勉強した?

     それが私の困ったところなのですが、「これまで力を入れていた物理の勉強が無駄になっ
    た」とか、「どうせならもっと遊んでおけばよかった」など、いろいろな思いが頭をよぎっ
    て、なかなか勉強に集中できず、一時はパン屋さんへバイトに行ったりしていたんです。

     

    ーその様子を見て、ご両親は何もおっしゃらなかったのですか。

     両親は「いつか自分で気づくだろう」という態度で、特に何も言いませんでした。その後、本気で勉強に取り組むようになったのは10月になってからで、受験生としてはかなり遅かったと言えます。

     

    ーそれには何かきっかけがあったのですか。

     私が通っていた予備校は先生が全員、浪人した経験がある人ばかりで、生徒の気持ちをよく分かってくれていました。一般的に10月頃は中だるみする時期なのですが、その中の一人の先生が私たちに向かって、「いま隣にいる友達に置いて行かれる、また自分だけ来年の4月にここへ戻ってくる…そう考えると怖くならないか?」とおっしゃったんです。当時、予備校にも気の合う仲間がいましたから、この言葉はとてもこたえましたね。その先生の言葉がきっかけで気持ちが切り替わり、それからは休日も予備校へ出て勉強するようになり、受験までの3~4カ月は本気で集中しました。もっと早く気づかないといけなかったのですが(笑)。


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