医系大への羅針盤 医歯薬進学

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  • 2017.09.22
  • 合言葉は「良医良相」。患者との信頼関係を第一に、地域に根ざした診療を目指す
  • 学力+器用+情熱で突き進み、開業20年

    ごうくら歯科医院 院長 新井 勉

     

    群馬県高崎市で開院し、地域に根ざした診療で高い評価を得ている「ごうくら歯科医院」。その院長が同地の出身である新井勉先生です。親類に医師・歯科医師がいない環境のなか、自力で道を切り開いて開業にまで漕ぎつけたバイタリティ溢れる新井先生は、どのような道のりを経て歯科医師となったのでしょうか。先生にたっぷりお話をうかがいました。

     

    部活の先輩の後押しで補綴の講座へ

    ー 現在は開業医としてオールラウンドな治療をされていますが、元々のご専門は「補綴(ほてつ)」だそうですね。補綴について簡単に説明していただけますか。

    「補綴」というのは、入れ歯や被せ物で“無い部分を補う”歯科治療の分野です。補綴は「有床系」と「歯冠系」の二つに分かれていて、私は「有床系」のなかの部分入れ歯を学びました。

     

    ー 歯科で補綴を専門に選ばれた理由は何でしょう?

    いまはインプラントなどに注目が集まっていますが、当時、補綴はとても人気があって、講座に入れてもらうのもなかなか難しい状況でした。歯学部は歯科医の二世、三世が多いので、何らかのコネクションを持っている生徒が多かったのですが、自分は何の伝手もなかったので、講座を選ぶにも不利でした。しかし補綴の講座に空きができたとき、その講座にいた部活の先輩が声をかけてくれたんです。何人か手を挙げたなかで、先輩が教授に強く推してくれたおかげもあり、講座に入ることができました。

     

    ー 大学時代はサッカーで活躍なさったとか。

    小・中学生のときはフォワードとして市の大会で優勝するなど、それなりに活躍していました。でも高校へ進むと当然ながらすぐレギュラーにはなれなくて、試合に出られないのはつまらないと思い、1年の途中でやめてしまったんです。しかし進んだ大学はサッカーが盛んなところで、そこのサッカー部に勧誘されてまた再開した、というような事情です。その部活の先輩に後押ししてもらって補綴の講座に入ることができたのですから、ラッキーでしたね。

     

    家業は継がず、歯科医師の道へ

    ー 「何の伝手もなかった」とおっしゃいましたが、歯科とは関係のないご家庭だったのですか。

    私の実家は、現在開業している場所の近くでスーパーマーケットを営んでいました。ただそれは一代限りで、私に家業を継ぐ気はなかったし、両親もそれを望んでいるわけじゃなかった。親にはいつも「自分がやりたいようにやれ」と言われて育ちました。

     

    ー 実際に歯科医を目指そうと決めたのはいつ頃ですか。

    高校時代ですね。2年生から文系と理系に分かれるのですが、数学が得意だったので理系を選びました。これが一つ目の分かれ道だったと思います。そのあと、大学受験を考えるようになってから、歯学部というのが視野に入るようになりました。それにはいくつか理由があって、一つは学力。自分の学力でいえば医学部は無理だけど、私立大学の歯学部なら行けそうかな、と。

    次の理由は、小さい頃からプラモデルを作るのが好きだったりして、手先が器用だったんです。歯学部ならそれが活かせるかも、と考えたことが二つ目の理由。三つ目の理由としては、なりたい職業を考えてみると、人の役に立てる、人に尊敬されるような仕事をしたいと思いました。つまり、歯科医になれればその理想も叶えられると考えたのです。

     

    ー 私立大学の歯学部は、かなり学費が高いんじゃないですか。

    いちばん気になったのはその点ですね。それで親に歯学部を目指したい旨と学費の高さを伝えたところ、「それくらい出してやるから、学費のことは心配するな」と言ってくれて…その言葉はとてもありがたかったですね。それで少しでも学費を安くしたいと思い、受験勉強は自分なりに頑張りました。

    そのおかげで、大学入試では合格時に上位10名に入ることができて、特待生として最初の1年間の授業料200~300万円を免除してもらいました。親の負担を軽くするという意味でも、私自身よかったな、助かったなと感じました。

     


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