医系大への羅針盤 医歯薬進学

最新号/定期購読はこちら

MENU

ピックアップ

  • pickup_201805_01
  • 2018.04.16
  • 在宅医療はあきらめの医療ではない。その人らしい暮らしができるよう、サポートしたい
  • 病や老いと向き合う人々を24時間体制で支える若きドクター

    さつきホームクリニック 院長 月永 洋介(医師)

     

    泌尿器科の専門医である月永先生は、総合病院で臨床の現場に携わるなか、緩和ケアの重要性と在宅医療の人手不足を痛感。一念発起して自ら在宅医療専門クリニックを開業しました。患者さん一人一人の病状に合わせてきめ細かい治療を行い、QOL の向上と維持をサポートしたいと言います。日々奔走する月永先生に、開業までの経緯や、在宅医療にかける思いを話していただきました。

     

    兄の医大合格に刺激を受け目覚めた大学受験

    ー医師を志したのは、いつ頃どんなきっかけだったのでしょうか。

    今思い返せば、子どもの頃、喘息がちだったので、苦しい時に助けに来てくれる医者をかっこいいと思ったのでしょう。小学校6年生の卒業アルバムには「医者になりたい」と書いていますから。もしかすると、親の刷り込みもあったかもしれませんが、そのへんはよく覚えていません(笑)。
     

    ーその意志をずっと持ち続けたのですね?

    そういうわけでもないんですが…。実は中学受験の時、あまり勉強せず、希望した学校に入れなかったんです。その時に親から、「ちゃんと勉強ができる環境に行ったほうがいい」と言われて、全寮制の中高一貫校に入学しました。その学校が、医師や歯科医師の息子が多い学校だったんです。そういう環境にも後押しされたと思います。
     

    ーモチベーションになった?

    ただ、モチベーションと勉強量は決して比例するわけではなくて(笑)。あまり勉強が好きではなかったので、中学入学時には良かった成績も高校に入る頃にはだいぶ下がってしまいました。そんな時期に3歳年上の兄が、それまで「医者になりたい」なんてまったく言ってなかったのに、ストレートで医大に合格したんです。これにはショックを受けて…。悔しくてスイッチが入りましたね。本当に勉強に力を入れたのは高校3年生になってからですが、ガツンと目が覚める、いいきっかけだったと思います。
     

    ーそれで兵庫医科大学に入学されたのですね。どんな学生時代を送られましたか?

    高校時代からラグビーをやっていたので、大学でもラグビー部に入って練習に明け暮れていました。昔は今ほど国家試験対策も厳しくなかったので、6年生まで続けました。でも、部活ひとすじというわけじゃなくて、神戸の街を満喫して楽しい学生生活を送りましたよ。
    最近は、国家試験が難しくなっているからでしょうか、部活動を引退するのが早いそうですね。体育会系はあまり人気もないのだとか。うちのクリニックには、大学の地域医療の臨床の場として医学生が研修にやってくるのですが、体育会系は少なくて、男子でも茶道部とかが人気みたいです。ちょっと寂しいですね(笑)。

     

    地域医療に携わるなかで在宅医療に関心が芽生える

    ー兵庫医科大学卒業後、順天堂大学の泌尿器外科に入局されました。泌尿器科を選んだのはなぜですか?

    泌尿器科には、消化器内科と消化器外科のように、内科と外科の区分がありません。疾患に対して、最初から最後まで診られるという良さがあるのです。あまり人気がないので医師数も少なく、そのぶん経験を積みやすく、早く一人前になれると思いました。高齢化社会と尿の問題は切り離せませんし、前立腺がんなども増えていますから、これから需要が高まる診療科だと考えたのも理由の一つでした。
     

    ー入局してみていかがでしたか。

    ちょうど私が入局した翌年に新医師臨床研修制度が始まったのですが、順天堂大学の泌尿器外科には2年間、後輩が入ってこなかったのです。ですから特に最初の3年間は色々なことをやらせてもらい、経験値も増えて、貴重な時間を過ごすことができました。
    その頃、世の中では地域医療の重要性に関心が集まり始めていました。私も徐々に、もう少し地域との接点が近いところで医療に携わりたいと思うようになり、大学病院に5年間在籍したのち、自ら希望して関連病院である丸山記念総合病院(さいたま市)に転籍したのです。
     

    ー丸山記念総合病院ではどのような診療に携わったのですか。

    診療部長として泌尿器科を立ち上げ、外来から手術、抗がん剤による治療まですべて一人でこなしました。そこで、高橋孝郎先生(現:埼玉医科大学国際医療センター緩和医療科教授)に師事し、助からない患者に対して緩和ケアを行ううち、緩和ケアなどの治療の場を在宅に移したいと思い始めました。
     

    ーそれが在宅医療専門クリニックを開業するきっかけになったのですね。

    はい、患者さんが病院に長期入院できない実情や、治療を終えた患者さんの退院後の受け皿となる在宅医療において人手が足りない現状を見て、「体力のある若い医師こそ、在宅医療に進出するべきではないか」との思いを強くしたのです。よし、それなら自分が開業しようと決意しました。丸山記念総合病院を退職後、宇都宮市のクリニックに約1年勤務しながら準備を進め、2016年に開業しました。
     


    << 続きは「医歯薬進学(5月号)」でご確認いただけます。 >>

    医歯薬進学は、こちらからご購読いただけます。