医系大への羅針盤 医歯薬進学

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  • 2018.09.21
  • 地域包括ケア時代、 より社会に信頼される 薬剤師に!
  • 新しい薬剤師像を探求するパイオニア

    帝京平成大学薬学部 教授
    井手口 直子(薬学博士)

     

    病院で処方された薬剤を薬局で患者に渡す…その仕事の発展性を感じた薬剤師の井手口直子さんは、もっと患者と距離を縮めたいと思い、カウンセリングの学校に通い始めます。それが現在のキャリアを築く大きなきっかけになったのは間違いありません。薬局を開き、大学で教鞭を執り…今や、ラジオのパーソナリティとしても活躍。思い立ったら即、行動
    その原動力はどこから来るのか? 帝京平成大学にお邪魔して、お話をうかがいました。

     

    女性が自立するのは当然のこと。母親の後押しで薬学部に進学

    ー薬学の道に進まれようと思われたのは、どういうきっかけからでしょうか。

     進路を決めたのは高校2年のときです。もともとバスケットボールが好きで熱心にやっていたので、体育の先生になるのもいいなと思っていたんです。でも、父親が歯科医師、母親が看護師という家に育ったこともあり、やはり医療の仕事に携わりたいと考えるようになりました。それと、高校の化学の先生が背が高くて白衣が似合う素敵な人だったんです。先生のところに質問に行くには勉強しなければなりません。そんな不純な動機もありまして(笑)、医療系に行こうと決めました。 薬学部を選んだのは母からの助言が大きいですね。薬剤師の資格があればずっと働けるし、独立もできる。収入的にも女性が自立して生きていける職業です。母は、ずっと仕事をしてきた人で、私は小さい頃から、女性も仕事を持ち、誰かに頼ることなく生きていく、という考え方を教えられて育ちました。

     

    ーそして帝京大学の薬学部に進学されました。学生生活はいかがでしたか。

     最初の頃はあまり勉強せず遊んでばかりだったのですが、3年生になって薬剤師というものについて真剣に考えるようになりました。薬学部にいながら、薬剤師になることに少し疑問を覚えたというか…若さゆえでしょうか、「資格にぶら下がるだけで、何も考えずに職業を決めていいのか」と悩んでしまい…。自分なりにほかの職業を調べてみたり、人に会って仕事の話を聞いたりしました。そしてやはり、「薬剤師という資格があるからこそできる仕事」に就こうと思いました。

     

    ー薬剤師になろうと決めたのですね。

     はい。それで4年生のときに2週間、薬局へ実習に行きました。当時はまだ病院や薬局での実習が義務化されていませんでしたが(現在は大学5年生時に約半年間の実習がある)、東海大学の大学病院の門前にユニークな取り組みをしている薬局があると聞き、興味を持ちました。それが望星薬局で、当時はまだ珍しい「お薬相談」というのをやっていたんです。「よし、ここで一人前の薬剤師になろう!」と思い、卒業後はその望星薬局に就職しました。

     

    もっと患者さんに寄り添いたい!その一心で突き進む

    ー薬局での勤務はいかがでしたか?

     けっこう体育会系の薬局で、1年間は掃除や雑用を沢山しました。ほかに、しょっちゅうテストもあって、厳しく鍛えられましたね。 望星薬局には、「ラウンド薬剤師」という、新しいスタイルの役職があったんです。ラウンドは、回るのラウンドと島のランドをかけた造語です。その頃の薬剤師は一日中薬を量ったり、調剤の窓口でひたすら患者さんに薬を渡したりするのが仕事だったのですが、ラウンド薬剤師は、待合室で患者さんに声をかけて、薬の相談に乗るのです。これは画期的なことでした。当時は副作用の情報提供すらできない時代でしたから。これについては平成9年に、薬事法25条の2が改定され、ようやく提供できるようになりましたが。

     


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