医系大への羅針盤 医歯薬進学

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  • グラビア2酒井-01
  • 2018.10.18
  • 時代を読んでフレキシブルに。 新たな審美歯科のスタイルを築く
  • 女性たちの「きれい」を応援したい!

    医療法人社団美優会 理事長
    アミーズ歯科クリニック
    酒井 暁美(歯科医師)

     

    歯学部を卒業後、医局と都内のクリニック勤務を経て、千葉県に自分のクリニックを開業した酒井暁美さん。なんと小学校3年生の時にはすでに歯科医師になると決めていたそうです。ご自身の出身地である岩手県宮古市が東北大震災に見舞われるなど、幾多の困難をものともせず、懸命に働き、開業にこぎつけました。現在は歯科治療だけでなく、顔全体を診る総合クリニックを目指していると言います。一見、クールビューティな酒井さんに、熱い胸の内を語ってもらいました。

     

    9歳で歯科医師を目指す

    ーまず、歯科医師を目指した動機からうかがってもいいですか。

    小学校3年生のときには歯科医師になると決めていました。“将来の夢”として作文にも書きましたね。私は岩手県の宮古市の公務員家庭に育ち、医療に携わる家ではなかったのですが、通っていた歯科医院の先生がすごく怖い先生で…歯医者さんイコール怖いというイメージが定着してしまって(笑)。それで一念発起したんです。よし、歯医者さんになろう、私なら患者さんに優しく接してあげられる、もっと親切に患者さんを診てあげられると。

     

    ーずいぶんしっかりしたお嬢さんだったんですね。

    本当ですね(笑)。もうひとつ、手に職をつければ将来、結婚する機会がなかったとしても、ひとりで食べていけると思ったんです。これは母が美容師で、美容室をやっていた影響でしょうね。ですから女性が経営者となることはごく自然なことと受け止めていました。

     

    ー進路はどのように決められたのですか。

    私は中学、高校とも公立に通っていました。
    もともとは文系の人間で、理系の勉強は苦手。途中で気持ちがぐらついたこともありますが、自分で歯科医になると決めたからには、そのハードルは越えなくてはいけない! と勉強に励みました。おかげさまで地元の岩手医科大学の歯学部に入学しました。
    卒業後は大学院に進みたかったのですが、普通の家庭であるわが家の状況では難しかった。そこで、助手として医局に入る道を選択しました。第二保存科という歯周病学について学ぶ科です。歯周治療は、従来の歯の治療を行うだけでなくオペ(手術)もできますし、歯根の治療や補ほ綴てつもでき、将来オールマイティに活動できると思ったからです。今思えば、この時の決断が、現在のクリニックの審美医療という総合的なスタイルにつながっています。そう考えると、よい選択だったと思います。

    医局で歯周病について勉強しながら、助手として働き、学生の実習の世話などをして2年間過ごしました。

     

    義母の後押しで開業を決意。海外留学で自信をつける

    ーその後、上京なさって歯科医として仕事を始められたのですね。

    そうです。都内にある広尾と目黒の歯科クリニックにトータルで10年ほど勤務し、副医院長を経て、平成17年に独立しました。

     

    ーご自身のクリニックを開業されたのはどのようなきっかけだったのでしょう。

    歯科クリニックを経営していた義母の存在が大きかったです。義母は歯科助手でしたが、クリニックの経営をしたくて、みずから歯科衛生士の資格を取って開業したという珍しいケースです。さらに東京医科歯科大学に出かけて、歯科医師をスカウトしてきたり。資金は自分で働いて貯めて、ゼロからのスタートだったそうです。義母は72歳までそのクリニックで受付兼、経営をして、溌剌と働いていました。その義母が「暁美さん、そろそろ開業したら?」と、背中を押してくれたんです。

    義母は、クリニックを始めるために必要なこと、経営ノウハウを教えてくれました。私自身、10年間の勤務を経て独り立ちする実力はついていると思いましたし、これは流れが来ているのだと受けとめ、開業を決めました。


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