医系大への羅針盤 医歯薬進学

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  • isida_07
  • 2018.06.11
  • 歯周病の最先端治療を追求、 海外留学を経て開業、 審美歯科治療の道を究める
  • 歯科治療を通して辣腕をふるう「美」の実践者

    医療法人社団アイセイ会 理事長
    アイエスデンタルクリニック 院長
    石田智子(審美歯科医)

     

    地域の中核病院の院長を務めていた父のもとに育った石田智子さん。幼い頃から「美」の世界を探求することに喜びを感じていたと言います。音楽の道に進むことも考えたそうですが、岩手医科大学歯学部に入学、卒業後はオーストラリア、スウェーデンに留学し、歯周病の治療について研鑽を積みました。歯科医師として2005年、東京・表参道にクリニックを開院、審美治療に注力して日夜、治療にあたっています。年に一度、ディナーライブを開いて歌うという多才な石田先生に、ここに至るまでの道のりを伺いました。

     

    単に歯をきれいにするのではなく、顔全体を美しく整える治療を

    ーまず、先生が得意となさっている診療について伺えますか。

     最も力を入れているのは審美歯科治療です。ただ「審美」と言っても単にホワイトニングなどで歯を美しくするというのではなく、かみ合わせの左右のバランスを整えて、お身体の不具合を改善させたり、顔の輪郭やしわ・たるみの改善など、お顔全体を美しくすることに取り組んでいます。審美歯科治療での実績などから4年前に「ミス・ワールド」の公式審美歯科医に認定されました。
     

    ーご著書もあるとお聞きしました。

    『あなたの美しさは顔下1/3で決まる!』という本を出版いたしました。歯の治療を行う上で、かみ合わせの左右バランスを整えることよってしわやたるみができにくくなるほか、顎の輪郭なども整うんですよ。私は学生の頃からずっと、口元の美しさがお顔全体の美しさに繋がると考えていまして、その部分をきれいにするにはどうしたらいいかということを勉強してきました。マスクをしているとどなたも美人に見えますが、マスクを取るとあれ?ということがありますよね。その原理です。今のクリニックを開院する前は審美歯科専門のクリニックや歯科かみ合わせ研究所に勤めていましたし、海外への留学もすべて、審美歯科治療を究めていくために進んできたという感じです。
     

    実家は地域の中核病院きょうだい全員医療の道へ

    ー秋田のご出身だそうですが、ご実家は医院だったのですか。

     はい。父は内科の医師で地域の中核病院を経営しており、そこには内科、小児科、耳鼻科、歯科がありました。幼い頃から歯科に興味を持っていて、病院の歯科技工室へ行っては石膏を使って遊んだり、入れ歯を作るのを手伝ったりしたのを覚えています。私は4人きょうだいで、兄は内科医、弟は外科医、妹は内科医になったのですが、私は小さいときから絵画やマンガを描いたり、音楽に触れたりと、「美しいもの」に興味があり、美に関わる医療職につきたい!と思い、手の器用さもあったので歯科医を目指しました。

     

    ー学生時代のことをお聞きします。どんな高校時代をお過ごしでしたか?

     地元の大館鳳鳴高等学校という進学校に入って、水泳、吹奏楽、それに軽音楽部でバンドをするなど、活発に活動していました。でもその頃にはもう歯科医師になるという気持ちが固まっていたので、理系を選択して、勉強もしっかりやっていました。

     

    ー塾や予備校に通っていましたか。

     いいえ。住んでいたのが田舎なので、当時は塾も予備校もなかったんです。みんな独学で勉強をするのが普通でした。本格的に受験勉強に力を入れたのは3年になってからですが、毎日の積み重ねがあったので、そんなに焦って詰め込むというような勉強の仕方はしませんでした。

     

    ーそして岩手医科大学の歯学部に進学されました。大学に入ってからはどうでしたか。

     入学と同時に体育会の硬式テニス部と軽音楽部に入りました。テニスのほうは、学校の授業、特に実習が厳しかったので、校舎から離れたコートへ日没までにたどり着けず、あまり練習に参加できませんでした。主に活動していたのは夏の合宿でした。テニスを頑張るというよりは先輩後輩との親睦を深めるという感じの充実したクラブ活動でしたね。軽音楽部では、バンドを組んで学校祭で歌ったりしていました。


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