医系大への羅針盤 医歯薬進学

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  • 2017.11.13
  • 韓国の釜山大学から東大に進学。 有機合成や生命工学の研究にいそしみ、 博多の地を愛す化学者となる
  • 「糖」から数多くの薬や化粧品を生み出す有機化学のスペシャリスト

    株式会社オーセル技術・製品開発研究所 所長 崔 允聖

     

    熾烈な受験戦争を突破して韓国の名門、釜山大学で化学を学んだ崔先生。お父様の勧めで幼いころから海外に目を向けていた先生は、専門書を読み込むことで苦手だった日本語をマスターし、東京大学大学院の試験に合格します。糖という身近な素材からエイズウイルスの予防治療薬を開発し、現在はこれまでの研究を活かして、人の健康と美を守る化粧品やサプリメントなどの開発を手掛けている崔先生に、お話を伺いました。

     

    韓国の大学受験は国を挙げての大イベント/p>

    ー韓国の大学受験の過熱ぶりは日本のニュースでも取り上げられるほど有名ですが、先生の学生時代はいかがでしたか。

    私が子どもの頃にはすでに受験競争が激しくなっていました。受験の当日、受験生が受験会場まで移動するのを優先させるために、一般の会社は就業時間を1時間遅らせるのです。受験日はそれぐらい大変な一日で、もはや国の行事と言っていいかもしれませんね。

     

    ーなぜ、そこまで過熱するのでしょう?

    韓国では大学に行かないと社会で出世できないという認識がありますし、親は子どもに自分よりも良い仕事や地位についてほしいと願います。だからとりあえず勉強しなさいと、そういう考え方をする人が多いですね。

     

    ー先生のご家庭は、いかがでしたか。

    私の父は高校までしか行っていないのですが、船舶会社に勤めながら独学で船長の資格をとり、英語も日本語もペラペラでした。外航貨物船の船長だったので、一度出航したら1年から1年半ぐらいは家に帰ってきません。不在がちでしたが、仕事柄、外国をよく見て思うところがあったのでしょう、事あるごとに「外に出なさい」、「海外に出ないと視野が狭くなるよ」と言われて育ちました。ですから、大学を卒業したらとりあえず海外に留学しようと思っていました。

     

    ーご自身の受験の思い出はありますか。

     実は、私はあまり受験勉強をしていないのです。塾にも通いませんでした。そのかわり、学校の授業は熱心に集中して聞きましたね。試験勉強も一週間ぐらい前から徹夜してやるタイプ。試験が終わると忘れてしまうんですけどね(笑)。

     

    釜山大学から有機合成を専攻

    ―釜山大学での専攻は何ですか。

     私が入学した繊維工学科には2つのチームがあり、1つは繊維の中でも物質の性質の研究を、もう1つは新素材を開発する有機合成のチームでした。私は新しいものを作るというところにひかれて有機合成のチームを選び、ポリマーの研究をしました。
     ポリマーとは有機化合物の分子が重合して生成する化合物です。私が研究していたのは高吸水性高分子で、吸収性ポリマーとも呼ばれています。よく紙おむつなどに使われる素材です。

     

    ―釜山大学での専攻は何ですか。

    大学2年生から卒業するまでの3年間、孤児院で勉強を教えるボランティアをしていました。孤児院で育つ子どもは塾に行けません。そこで釜山大学の学生グループが週に3~4日、小学生から高校生ぐらいまでの子どもたちに勉強を教えに行っていました。

     

    もともと人の役に立ちたいという思いが強く、中学生の頃から赤十字でボランティアをしていました。釜山市の中学生代表のようなこともやりましたよ。月に一度、釜山市内の中学生が集まって、どのような活動をするかを決めるのです。当時、釜山市の中学校に給食はなく、弁当を持っていく決まりでした。しかし、貧しかったり親がいなかったりして弁当を持ってこられない生徒もいて…彼らのために募金を集めたり弁当をつくったりしました。

     

     1977年に裡里市(現在の益山市)にある裡里駅で大規模な列車爆発事故が起きて、多数の死者が出ました。その時も釜山市内でお米を集めて現地に持って行きました。自分と同い年ぐらいの子どもが足を怪我して杖をつきながらお米の配給所に来ていて…その光景は今でもよく覚えています。それが大学時代の孤児院でのボランティアにつながっているような気がします。

     


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