医系大への羅針盤 医歯薬進学

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  • グラビア2_外郎-01-1
  • 2018.07.26
  • 600年にわたって受け継がれた薬 「ういろう」 を文化と共に伝えたい
  • 城下町小田原で人と交わり、老舗の未来を拓く

    株式会社ういろう 代表取締役
    二十五代
    外郎藤右衛門

     

    戦国時代は後北条氏の城下町として、また江戸時代には東海道屈指の宿場町として栄えた小田原。そんな当時の面影をしのぶ東海道(現在の国道1号線)沿いに建つ、豪壮な店構えの会社「ういろう」。和菓子と薬を販売するお店で、その名は「外郎藤右衛門薬局」です。歌舞伎十八番『外うい郎ろう売うり』の語源として知られる外郎家は、室町時代までその歴史を遡ることができます。昨年、二十五代を襲名された外郎藤右衛門さんに、老舗の看板を背負う当主としてのあり方について、お話をうかがいました。

     

    600年以上続く家伝薬としての「ういろう」

    ー「ういろう」と言えば、米粉を使った蒸し菓子がよく知られています。「ういろう」では、お菓子の「ういろう」だけでなく薬の「ういろう」も製造・販売していらっしゃいます。どのような薬なのでしょうか。

     薬の「ういろう」は、正式名を「透頂香(とうちんこう)」と言います。「透頂香」は、外郎家に代々伝わる製法を守って作り続けている一子相伝の薬、家伝薬です。構成成分は生薬ですから、広義の意味では漢方薬といえます。腹痛、下痢、悪心嘔吐、咳や痰のつかえなど幅広い効能があり、地元の方を中心に何世代もご愛用くださっている方がいます。医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)上の分類では「薬局製剤」となります。
     

    ー見た目は銀色の小さな粒ですね。味や香りはどのようなものでしょうか。

     基本的には水で呑みますので、味は気になりません。私も幼少の頃から服用していますが、咽痛などで舐める場合、子供心に「苦いな」と思いました。今はさほど苦みを感じません。薄はっ荷かを含んでいるので、スーッと爽やかな香りと言われることもあれば、人によっては「おばあちゃんの香りがする」と言われることもあります。体が「透頂香」の薬効を求めている時は、その味や香りを心地よく、または自然と受け入れられると思います。
     

    ー日本最古の薬ともお聞きしています。

     薬名、薬効および製造者など往時から文献にあり、変わらず作り続けているものとして、現存する最古の薬はこの「透頂香」だそうです。室町時代の文献にはその名が出ており、既に600年以上の歴史があります。元は私たち外郎家の祖である陳延祐(ちんえんゆう)が「霊宝丹(れっぽうたん)」という家伝薬を大陸から博多に持ち込んだのが始まりです。その子である二代目の大年宗奇(たいねんそうき)は帝や将軍に薬を処方する典医として仕え、自らもこの薬を紙に包んで烏帽子の隙間に挟んで朝廷に参内していたようです。京都の夏は蒸しますから、体のにおい消しとしても使っていたのでしょうか。その時に、「頂(いただき)からよい香りが透き出て来る」という意味を込めて、「透頂香」という名を帝から授かりました。

     

    大量生産をせず、一つ一つ手渡しすることに意味がある

    ー店頭ではお菓子も薬も「ういろう」として販売されているのですか。

     各地方で有名な「ういろう」、実は私どもの名字である「外郎」を由来としています。お菓子のういろうは、朝廷に仕えていた時代に国賓のもてなし菓子として創作したのが始まりです。栄養剤として南方から仕入れた黒糖は、室町時代は大変高価で、薬屋だったから作れたお菓子でした。それが「外郎家の菓子」として評判になり、後に「お菓子のういろう」と呼ばれるようになりました。薬のういろうも同じように、透頂香が「外郎家の薬」の意で「薬のういろう」と呼ばれるようになりました。歌舞伎十八番の『外郎売』という演目に出てくる薬としても知られています。ですからお菓子と薬、二つの「ういろう」があるのです。

    ーどちらの「ういろう」も、ここ小田原でしか手に入らないそうですね。もっと手軽に購入したいという要望も多いのでは。

     
     弊社は600年以上にわたり「製薬」と「製菓」を、文化とともに営む会社です。昔ながらに時間と手間をかけ、目の行き届く範囲でお菓子も薬も作っております。そしてお客様に手渡しで販売することを基本とし、インターネット販売はしていません。薬の「ういろう」は日本全国から買いにいらっしゃいますが、この地域の健康を守ることを先祖から託されており、品切れが起きない様に個数限定で販売させていただいています。お菓子の「ういろう」は、高価な原料を使用し、もてなしのために作られたものです。デパートなどからの引き合いはお断りし、小田原に来られたお客様に、感謝を込めてお渡ししたいのです。

     

    銀行員を辞め、当主を継ぐため薬剤師に

    ー先代当主とはご親戚の間柄だそうですが、どんな子ども時代を過ごされたのですか。

     小さい頃から小田原の本家にはよく遊びに来ていて、店で商品と値札を入れ替えたりするいたずらっ子でした(笑)。おやつにういろうを棹一本まるまるかじっていたようです。一方で私は胃腸が弱かったので、薬といえば「透頂香」、他の西洋薬を服用することはありませんでしたね。 

     

     勉強は歴史や生物が好きで、数学や物理が嫌い。文系の学生時代には週に3、4日は店の手伝いをしていましたが、まさか本家を継ぐことになるとは思ってもみませんでした。


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